いすゞ-ラインナップ
ベレット(MX)
- 2009年11月24日 13:04
- 乗用車

ベレット (BELLETT) は、日本のいすゞ自動車が、1963年から製造した小型乗用車。
ベレット(MX)は1969年の東京モーターショーに「べレットMX1600」として参考出品されたミッドシップエンジン・リアドライブモデル。レーシングカーの「いすゞR6」をベースに117クーペ用の1600ccDOHCを搭載したツーシーターで3台が試作されている(これについては総生産台数に数えない)。ボディはFRP製で4灯式ヘッドライトを低位置にぶら下げた姿は、それまでのベレットとはまた異なるものであった。量産化を予定していたが、営業サイドの反対など諸事情により立ち消えとなってしまった。もし販売されていればトヨタ・MR2より10年以上も早く日本初のミッドシップカーとなっていたはずだった。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ベレット(GT typeR)
- 2009年11月14日 15:41
- 乗用車

ベレット (BELLETT) は、日本のいすゞ自動車が、1963年から製造した小型乗用車。
形式名PR91W。「GT-R」と称されることも多いが正式名称は「GT typeR」である。「ベレG」の中でも頂点を極めたモデルで、1969年8月の鈴鹿12時間耐久レースで優勝を飾ったベレットGTXをプロトタイプとする。エンジンを117クーペ用の1600ccDOHCに換装、サスペンションを前後輪ともスプリングを強化の上、ブレーキにサーボを追加するなどサーキットで投下した技術をフィードバックさせた。車体は太陽光反射を抑えるために採用された黒ボンネットをシンボルとし、2分割されたフロントバンパーの間にフォグランプを装着する。しかし、1971年11月のマイナーチェンジ後はGTともども、当時流行のブラックマスクスタイルとなる。1973年3月まで生産されていたが、その数は1400台程度であった。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ベレット(GT)
- 2009年11月 5日 13:09
- 乗用車

ベレット (BELLETT) は、日本のいすゞ自動車が、1963年から製造した小型乗用車。
ベレット(GT)は通称「ベレG」。ベレットはロードホールディングと高速巡航性能を高い次元で両立させた車であったことから、デビューまもなくスポーツクーペの登場が期待され、PR20をベースにレース技術をフィードバックして1964年4月に登場したものがGTことPR90である。
エンジンは高トルク形ツインキャブ1600ccOHVを新規に設計、車体もリアウインドウ部分を流線型に仕上げ、サルーンと比較して車体高を40mm低下した。高速ツーリング車ということでGTを名乗ったが、その結果、名称では本車が日本最初のグラントゥーリズモということとなった。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ベレット(サルーン)
- 2009年10月23日 17:10
- 乗用車

ベレット (BELLETT) は、日本のいすゞ自動車が、1963年から製造した小型乗用車。
ベレット(サルーン)は1963年6月登場。ヒルマン・ミンクスの後継車として開発された小型乗用車で、当初は丸目2灯の1500ccOHV車であるPR20と、1800ccディーゼル車のPRD10の2種でスタートしたが、翌年4月に廉価版である1300ccOHV車であるPR10がラインナップに加わる。
車体は2ドアと4ドアのセダンでスタート、1966年4月に丸形4灯にフェイスリフトが行われ、また、1300ccおよび1500ccOHVエンジンと、後輪リーフリジッドサスペンションを組み合わせた「タイプB」ことPR30とPR40が登場するが、異型角形2灯ライトとハイデッキとなったリアスタイルでも見分けが付いた。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ジェミネットII
- 2009年10月19日 16:41
- 乗用車

ジェミネットII(GEMINETT II)は、かつていすゞ自動車が富士重工業からOEM供給を受けて販売していたライトバン。
ジェミネットIIはジェミネットの後継モデルとして販売。ジェミネットがリッターカーのスズキ・カルタスバンのOEM車であるのに対し、ジェミネットIIは3代目スバル・レオーネバンのOEM車となり一回り大きいサイズとなった。レオーネバンとの変更点はやはりグリルとエンブレムのみでほぼレオーネバンと共通となっている。エンジンは1600ccEA71型のみの設定であり、駆動方式はFFとパートタイム4WDの2タイプを用意。ミッションは5速MT、FF車には3速ATの設定がある。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
アスカ(4代目)
- 2009年10月13日 14:31
- 乗用車

アスカ (ASKA) は、1983年よりいすゞ自動車から販売された中型セダン。
アスカ(4代目)は1997年9月発売。 形式名:CJ2。
ホンダ・アコードは、モデルチェンジで5ナンバークラスに戻され、これに伴いアスカも4代目に移行した。
2002年9月、いすゞの乗用車事業完全撤退とアコードのフルモデルチェンジに伴い、販売中止となった。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
アスカ(3代目)
- 2009年10月 8日 14:52
- 乗用車

アスカ (ASKA) は、1983年よりいすゞ自動車から販売された中型セダン。
アスカ(3代目)は1994年3月発売。名称が再び「アスカ」となる。形式名:CJ1。
ビッグホーンとミューのOEM供給を本田技研工業と結び、交換条件という形でホンダ・アコードをアスカとして供給されることとなった。アコードとはバッジやフロントグリルが異なる。2000cc・4ATのFFのみラインナップされた。全幅が1760mmもあるため、歴代アスカの中では唯一の3ナンバー車であった。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
アスカ(2代目)
- 2009年10月 5日 14:40
- 乗用車

アスカ (ASKA) は、1983年よりいすゞ自動車から販売された中型セダン。
アスカ(2代目)は1990年6月発売。名称はこれのみ「アスカCX」になる。
形式名:BCK、BCC、BCM。
GMのグローバルカー構想が中止となり、いすゞ自体も開発費用負担が厳しい状況であったため、既にジェミネットIIとしてスバル・レオーネバンのOEM供給を受けていた縁[10]から富士重工業よりスバル・レガシィの供給を受けることとなった。ガソリンの2000cc自然吸気エンジンと1800ccのセダンモデルがあり、駆動方式はFFの他に2000ccモデルには4WD[11]車も設定された。OEMになった事により、ディーゼルエンジン搭載車や先代にあるホットバージョンの設定は消滅した。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
アスカ(初代)
- 2009年10月 2日 14:10
- 乗用車

アスカ (ASKA) は、1983年よりいすゞ自動車から販売された中型セダン。
アスカ(初代)は1983年4月、発売。フローリアンの後継車であったため、正式には「フローリアン・アスカ」と称した。
いすゞがフローリアンの後継車の設計を迫られていた時期に、GMが立ち上げた「グローバルカー(世界戦略車)構想」へ当初より参画して作られたJ-car(当初はU-car)というクラスのモデルである。姉妹車にはオペル・アスコナ(3代目)、ホールデン・カミーラ、キャデラック・シマロン、シボレー・キャバリエなどがある。アスコナが原型と言われることが多いが、実際にはごく初期段階を除いてほとんどの設計を、オペル、GM、いすゞの3社が個別で同時進行したため、足回りや一部の外装以外、部品の共通性は無いに等しい。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
フローリアン
- 2009年9月28日 14:47
- 乗用車

フローリアン (FLORIAN) は、いすゞ自動車が1967年から1982年まで製産・販売した中型乗用車。
フローリアンは既存モデルの大衆車であるベレットのやや上級の中型車として企画されたもので、競合モデルにトヨペット・コロナやダットサン・ブルーバードを想定した、ミドルクラスのファミリーカーである。
営業力の弱さと欧州的なデザインがユーザー受けしなかったこと、更に開発費の不足からモデルチェンジの機会を逸し、根本改良のないまま15年間も長期生産されたことから、商業的には不成功なモデルであった。
形式名は1600cc車がPA20、1800cc車がPA30、ディーゼルモデルはPAD30で、バンはそれぞれの数字の後にVがつく。車名の由来はオーストリア皇帝の純白の愛馬の名前。当初の開発コードから、ショー発表時に117サルーンとされたことからもわかるように、117クーペとは姉妹車の関係にあたり、両車はシャシを共有する。また、本車のスタイリングは、イタリアのカロッツェリア・ギアに依頼されている。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0